Report2017
基金運営委員会より基金報告
難民支援協会からの報告
平野委員長からの報告
柊運営委員からの報告


Report [犬養基金とともに歩んで]

運営委員 柊 曉生

 

     

 難民支援のための犬養基金が創立されて30年経った時、犬養道子さんはそれまでの活動をふりかえり、「創立30年・犬養基金の歴史」と題して、その歴史を小冊子にまとめられました。そしてその最後に、「そして、いま、こんご・・・」と、今後の活動に関する取り組みを書き記されました。彼女の姿勢は常に前向きでした。

 犬養道子さんが基金を立ち上げられたのは1979年で、彼女はスイスのフリブールという町を拠点として、執筆と活動に専念しておられました。ちょうどその年、私はその同じ町で勉強を始め、彼女と知り合うようになり、それ以来、犬養基金のメンバーにもなってその活動に協力してきました。

 彼女が活動を始めた時期には、カンボジア、ベトナム、旧ユーゴスラヴィアなど多くの国で多数の難民が出ました。私は旧ユーゴスラヴィアの紛争の際、1995年9月にクロアティアの首都ザグレブに入り、犬養基金の援助で生活している国内避難民の家族を訪れたり、サラエボの女性たちが作り上げたレースの編み物を日本に持って帰り、バザーに出すなどのことをしたりしてお手伝いをしました。

 基金創立から38年、2017年7月24日に犬養代表は亡くなられ、8月1日にお葬式が麹町の教会でありました。彼女の名前、「道子」には「道」という語が入っており、お別れの挨拶のカードには、聖書の次の言葉が記されていました。「わたしは道であり、真理であり、命である。」彼女は、イエスの「道」に、「道子」の「道」を重ね合わせ、そのようにして生涯、自分は歩んで来たつもりだということを、皆さんにお伝えしたかったのではないでしょうか。

 ただ、もともと、彼女の「道」は、孔子の『論語』から取られたもので、そのことが、『花々と星々と』という本の中に書かれています。祖父、犬養毅と誕生日が一緒で、おじいさんの特別な孫として1921年4月20日に生まれ、7日目に「道子」と名づけられたと記されています。なぜ「道子」なのかと言いますと、犬養毅の「毅」という漢字が出て来る同じ論語の個所に、「道」という語が出て来るからと説明されています。「任重くして道遠し」任務は重くて、延々と続く道を行かねばならない、そうした道です。こうした東洋の道、仁を追求する道に、キリストの愛の道が重ねられます。戦争のさなか、1944年12月8日、23歳のことでした。

 言葉の由来に常に関心を抱いていられた犬養道子さんが、自分の名前の「道」を常に自覚し、「任重くして道遠し」と感じておられたことはまちがいないと思います。犬養毅の孫としての自覚、ノブレス・オブリージュという責任感、義務感が彼女の心に常にあったものと思われます。

 論語の「任重くして道遠し」の続きには、「仁以て己が任と為す。また重からずや。死して後已む」とあります。2008年5月の毎日新聞には次のようなインタビューの記事が載っています。「『わたくし、いつ死んでもいいと思っています』(犬養) 『今日は“おちおち死んではいられない”の取材なんですが』(記者)という間もなく、『毎日、毎朝、そう思ってます』(犬養)」

 日本でいち早く難民問題に着手し、ボランティアという民間人による自律的な援助活動を日本に植え付け、遠い道を最期まで歩み抜いて、自らの任務を果たされた彼女の冥福をお祈りいたします。今後は、残された私たちがそれぞれの場で、その志を引き継いで、できることをやってゆくこと、これが亡くなられた犬養道子さんの道を歩み続けることになるのではないかと思います。

 

 

上下写真とも札幌で開催された報告後援会にて(1995)年

 

 


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